あんず雨

戦国時代マンガやミステリーのコミカライズを手がけております☆キリシタン武将・明石掃部様を敬愛しております♪♪

7年

2018/03/11 13:01 ジャンル: Category:原発と原爆と
TB(0) | CM(0) [Edit]

地震があった時刻に毎年黙とうを捧げながら「でも、地震があった瞬間やしばらくの間は動転しながらも元気だった人がたくさん居て、その後の津波で命を失い、原発事故で今も大変なことに…」とグルグル考え始めてしまい、純粋な鎮魂というより「日本は、いや人類はどこで間違ったのか」などと、タナベごときが考えてもしょーもないことばかりで頭がいっぱいになってしまうのですよな。

身内に被爆者が居たこともあって広島・長崎の原爆忌と終戦記念日に黙とうを捧げるのはごく自然なことで、自分が体験していない時代の惨禍で亡くなった人々への黙とうということもあり、夏の黙とうは心底から純粋な哀悼の気持ちを捧げられていた気がします。(原子力のあれこれを知って、今やそちらも純粋な黙とうではなくなってるかも)

駄文綴っても致し方ないので、黙とうの前にこの曲を捧げましょう。


昨日のラジオで養老孟司先生が、歴史上の大地震はだいたい10年スパンで起こっているといったお話をされていて、自分の過去日記を再読。
桃山時代末期~江戸時代前期の震災

1585年7月31日(天正13年7月5日) 大阪・京都・伊勢で大震。
1586年1月18日(天正13年11月29日) 天正地震(東海東山道地震、飛騨・美濃・近江地震) - M 7.8〜8.1(それ以上の可能性あり)
1590年3月21日(天正18年2月16日) 安房で地震。
1596年・・以下の3つは連動型地震の可能性がある。
9月1日(文禄5年閏7月9日) 慶長伊予地震(慶長伊予国地震)- M 7.0、寺社倒壊等。同年同月に発生した一連の内陸地震のさきがけとなる。
9月4日(文禄5年閏7月12日) 慶長豊後地震(大分地震) - M 7.0〜7.8、死者710人、地震によって瓜生島と久光島の2つの島が沈んだとされている。
9月5日(文禄5年閏7月13日) 慶長伏見地震(慶長伏見大地震) - M 7.0〜7.1、京都や堺で死者合計1,000人以上。伏見城の天守閣や石垣が損壊、余震が翌年春まで続く。
1605年2月3日(慶長9年12月16日)慶長地震(東海・東南海・南海連動型地震) - M 7.9〜8、関東から九州までの太平洋岸に津波、紀伊・阿波・土佐などで大きな被害。八丈島でも津波による死者数十人。死者1万〜2万人と推定されるが、津波以外の被害はほとんどなかった。
(中略)
1615年6月26日(慶長20年6月1日) 江戸地震 - M 6以上、死者多数。
1616年9月9日(元和2年7月28日) 宮城県沖地震 - M 7.0、仙台城が破損。三陸地方大津波。
1619年5月1日(元和5年3月17日) 肥後(熊本)八代で地震 - M 6.0
1625年7月21日(寛永2年6月17日) 熊本で地震 - M 5〜6、死者約50人。地震動により火薬庫爆発し、熊本城が破損。
(中略)
1635年3月12日(寛永12年1月23日)江戸で地震、大きな被害。
1644年10月18日(寛永21年9月18日) 羽後本荘 - M6.5、象潟で津波死者117名。本荘城廊大破。
1647年6月16日(正保4年)M6.5。江戸城の石垣や大名屋敷など破損。小田原城に大きな被害。
1655年5月2日(明暦2年4月8日) 房総沖地震 千葉県で津波の記録あり。

…ほんとに10年スパン…と思い、それっぽい西暦を赤くしてみました。
天正地震のあと10年20年おきに東海や江戸がやられているので、大地震が引き金になって東海・東南海地震や首都直下型地震が、今後数年以内に起こると考えておいたほうが良いということに…。(涙目)

ってか、新燃岳ェェェ―――――ッッ!!7年前もあんたが地下から東日本の地震を扇動したのでは??
…あいつら、地下で繋がってるから、今回も何か促してる気がする…。誰か、違うと言って…。
スポンサーサイト

福島第一原発収束作業日記 3・11からの700日間

2013/10/25 14:36 ジャンル: Category:原発と原爆と
TB(0) | CM(0) [Edit]

FBページからの流用更新ご無礼仕ります。

こんにちは。
昨日発売のハッピーさんのご本「福島第一原発収束作業日記 3・11からの700日間」、本日手元に届きました。

「はじめに」のお言葉から、もう、ハッピーさんらしさ炸裂の、温かな優しい雰囲気に満ち満ちていて、これほどに『怖くない原発関連本』が、他にありましょうか…と♪

未だハッピーさんのツイートをご覧になられたことのない多くの方々に、ぜひこの本をお手に取っていただきたく、タナベ、及ばずながら『なんちゃって営業部員』として、折に触れ、オススメをさせていただきたく思っております。

ハッピーさんのツイートのおかげさまにて…。

原発事故直後、自分はもう、何ヶ月も生きていられないのかもしれない…と、ただただ怯えていた私は、ハッピーさんの温かみ溢れるツイートに触れて、少しずつ『落ち着き』を取り戻して行ったのであります。

デマに近い、恐ろしげな情報がネットに氾濫していても「でも、ハッピーさんは、今もイチエフでコツコツと収束作業をしてくださっている…何か、本当に不穏なことになれば、きっと教えてくださる…」と思うことで、何度も冷静な気持ちを保つことができました。

(自分のことしか考えてない状態丸出しでお恥ずかしいのですが→)明石たんシリーズを地道に描き綴って来られたのも、ハッピーさんのツイートから頂戴した『平常心』と、『コツコツ続ける』ことの大切さに気付かせていただけたから…というのが大きいのです。

ハッピーさんの『コツコツ』は命がけです。

事故直後のような、真に「今、もう死ぬかもしれない」という状態からは、現在は脱しているのかも知れないですが、危険極まりない現場であることは変わりありません。

この2年半以上の日々、何とか『日常生活』を送ることができているのは、命がけで『地獄の業火』を押さえ込んでくださっている、ハッピーさんたちのような方々の『日々のコツコツ作業(命がけ)』のおかげであることを、本当に、もっと多くの方に知っていただきたいのです。

何気なく送っている日常が、なんと貴重なものであるのか、それがなんと愛しいものであるのか、改めてお判りいただけるのでは…と思います。

…いえ…。そんな大げさなオススメ文より…。
「ハッピーさんのつぶやき、読んでいてホンワカするので、ぜひどうぞ♪♪」というほうが良いですやも☆

語られている内容は、世にも恐ろしい原発事故の、発生直後から今日までの、想像を絶する状況ではあるのですが…。

それなのに、ほのぼの感に満ちてもいる、奇跡のようなツイート集です♪




福島第一原発収束作業日記

福島第一原発収束作業日記
著者:ハッピー
価格:1,680円(税込、送料込)
楽天ブックスで詳細を見る




☆定期広告☆
タナキヨ本舗(創作戦国マンガ個人誌☆タナベキヨミ直販)
↑年中無休で開店中です♪

Jコミ タナベキヨミ短編集
↑↓引き続きこちらも…☆



コミック戦国無頼web.9(Renta!)
↑「闇よ、絢爛と」48ページをご公開いただいております。(有料です)

まだ幾店かで「闇よ、絢爛と」収録アンソロジーが販売されておりますので…。


↓楽天ブックス
【送料無料】戦国の女

【送料無料】戦国の女
価格:1,300円(税込、送料別)



【送料無料選択可!】戦国の女 (無頼コミックス 戦國REMIX) (コミックス) / アンソロジー

津波で消えた長浜

2012/09/21 08:43 ジャンル: Category:原発と原爆と
TB(0) | CM(0) [Edit]

最近、「完訳フロイス 日本史3 織田信長篇3」を読み返したのですが…。


震災後…と申しますか、若狭辺りの原発を巡る問題で、新聞などでも取り沙汰された『天正大地震の折、若狭にあった長浜という町が、津波で消えてしまった』という記述が、この巻の198ページにあったことを再認識いたしました。

天正大地震Wikiページ

新聞記事に接した折は、手元の本を読み返して確かめることはしていなかったのですが、何気なく、その記述に行き会ったこたび、『長浜』という地名が改めて気になりまして…。

サッと検索しただけでも、「フロイスは、近江の長浜(秀吉が築城した、琵琶湖沿いの長浜)と勘違いしたのでは…」という記述の幾つかと出会ったのですが、「完訳フロイス 日本史3」の中で、前後をもまとめて読み返してみますと、『地名の勘違い』は無いように思うのです。

フロイス「日本史」そのものが、史料としては「『宣教師フィルタ』がかかっている☆」やら「誤訳が多め??」といった問題があるようなのですが、『当時の空気感』と申しますか『当時の日常』の雰囲気は、偽り無く伝えられているように思われるのです。
(そういうところに作為を及ぼすことに、意味はない気がしますので)
(『獲得信者数』は水増ししてるかも知れないですが☆)

そして、日本滞在が既に長く、当時の権力者たちとも面識があったフロイスさん、たとえ地震の記述が『また聞き』によるものだったとしても、『近江の長浜』と『若狭の長浜』を間違えることはなかったのでは…と。

長い記述ではないので、そのくだり、ちょっと抜粋させていただきます。(平伏)

若狭の国には海に沿って、やはり長浜と称する別の大きい町があった。そこには多数の人々が出入りし、盛んに商売が行われていた。人々の大いなる恐怖と驚愕のうちにその地が数日間揺れ動いた後、海が荒れ立ち、高い山にも似た大波が、遠くから恐るべき唸りを発しながら猛烈な勢いで押し寄せてその町に襲いかかり、ほとんど痕跡を留めないまでに破壊してしまった。高潮が引き返す時には、大量の家屋と男女の人々を連れ去り、その地は塩水の泡だらけとなって、いっさいのものが海に呑みこまれてしまった。
(↑中公文庫『完訳フロイス 日本史3 織田信長篇3』198ページより抜粋)

『やはり長浜と称する別の大きい町』となっている辺りで、フロイスさん、『近江の長浜』と、きちんと区別、若狭にも『長浜』があったのだな…と、ごく自然に思える記述かと…。

『長浜』という地名からして、『九十九里浜』のような特殊な感じでない辺りから、「長い浜辺のある町だから、長浜」といった、これまた、ダブリ地名?でも変ではない雰囲気があります。

そして、天正大地震であったという、近江・長浜での地滑りとは、明確に違うのでは…と思えるところが、『その地は塩水の泡だらけとなって』の箇所です。

淡水湖の琵琶湖沿いでは『塩水の泡』は無いはずで、フロイスさんのは、明らかに『海沿いの町が津波に呑まれてしまった』という記述なのだと思います。

あくまで、素人の読み方ですし、原文ではどう記載されているか…で、ひょっとしたら、またニュアンスが変わってくるのやも知れませぬが…。

若狭辺りは、原発銀座…。

実際には難しいのやもしれませぬが、歴史学者、地震学者、地質学者の方々が協力なさって、一度『津波で消えてしまった若狭・長浜』が、本当にあったのか…という徹底検証をなさると良いのでは…と。
(原発問題のため…と申しますより、私の興味津々ゴコロのために…)(←正直☆)

消えてしまった町・伝承…という点では、民俗学も重要となって来るのでしょうか…。

既に、その辺りを詳しく検証されている方がおられるのでござりますれば、『津波で消えた長浜』について、ご発表いただきたい気持ちであります。

一瞬の微笑み交錯

2012/09/20 08:52 ジャンル: Category:原発と原爆と
TB(0) | CM(0) [Edit]

先ほどツイートしてしまった妄想(←『妄想』と書くこと自体、不謹慎と思いつつ…)告白なのですが…。

まずは、Twitterでは有名なお二人、事故原発の収束作業に奔走してくださっているサニーさんとハッピーさんのツイートを転載させていただきます☆(平伏)

‏@sunnysunnynismo そいや今日もハッピーさんとすれ違ったが今日は気付いてくれたぞ!お互いに静かな微笑み。

@Happy11311 :そう言えば今日JVでサニーさんと会ったでし…あの人なら色々考えるかも…。


9月20日の何時頃かの出来事だったようです。

Twitter上では、事故後ほどなく相互フォローされていたお二人なのですが、実際にお会いになられたのは最近になってから。(それも、かなり『偶然の出会い』のようです)

事故原発で命懸けで働いてくださってる方々は、皆様、ヒーローなのですが、何だかもう、このお二人は、私の中では、(ご無礼ながら)『「か、カッコイイ…♪」カテゴリ』所属で…。

そんなお二人が緊張高まる現場近くで、漢(おとこ)同士の微笑みを交わして、それぞれの任務に…。
(イカンと思いつつ、ウットリ目で、また想像…)

JV(Jヴィレッジ)は、作業員さん達の基地…と、申しますか、様々な面での拠点になっているところですので、例の装備(白いタイベックに全面マスク姿)ではなかったやも知れませぬが、何だか、全面マスク越しに微笑みを交わしておられたように想像してしまっており☆

ああ…いけないですね…。
実際に、この世で一番危険で過酷な現場で、命懸けの作業をしておられる方々をつかまえて「キャー!!カッコイイ♪♪」妄想なんかしてしまっては…。

でも…。以前にも書いた気がしますが、タイベックに全面マスクでの作業姿、美麗甲冑の戦国武将よりカッコイイ…と思うのです…。(なんか、比較対象がまつがってる気もしつつ)

本日も…。カッコイイ皆様の、ご安全を心よりお祈り申し上げる次第であります!!!

曾祖母の直感

2012/08/06 08:02 ジャンル: Category:原発と原爆と
TB(0) | CM(0) [Edit]

『広島の原爆で、私は生まれなかったかもしれない…』という件について、サラリ書いておこうと思います。
(これも、何度か思わせぶりに書きかけたままスルーしておりましたゆえ…)

母方の祖父母は、当時広島市内中心部に住んでいたのですが、本土が空襲にさらされるようになって、祖母は幼い母たちを連れ、県北・庄原の祖父実家に疎開しました。(祖父は出征)

大商家のお嬢育ちだった祖母は、庄原での田舎暮らしや冬のあまりの寒さ(室内に干した洗濯物が凍ったそうです☆)に耐え切れず、昭和20年の春先、子供たちを連れて広島市内へ帰ろうと密かに決意…。

そして、こっそりと荷造りを始めたそうなのですが…。

曾祖母(祖母にとっては姑)が、それに気づいたのです。

当時の曾祖母は、視力を完全に失っておりました。が、そのぶん、物凄く勘の鋭い人だったそうです。
祖母のこっそり帰り支度を手で触って確認もしたのかもしれません。

とにかく、祖母に、「つらいのはわかるが、今は帰るのをやめなさい」と厳命したそうです。

祖母、渋々聞き入れて、その夏も庄原に滞在したことで…。
市内中心部での被爆を免れる事ができた…という訳なのであります。

市内の家では、同じ棟に暮らしていた方が、即死で炭化していた(大叔母が確認)とのことで、そこに居たら、祖母も母も、同様の運命だったと思います。

と、申します訳で、曾祖母が直感発動で、祖母を止めてくれていなかったら、私はこの世に生まれてすら居なかったのです。

それを思いますと、もっともっと、きちんと生きなければいけないな…と。
(子孫を作ってない…という辺りからして、すみません!すみませんッ!!なのでありますが…)

ひいおばあちゃん、ありがとう…と涙目で思う毎夏であります。

プロフィール

ナタ55

Author:ナタ55
敬愛する戦国武将は『明石掃部』様♪浦上・宇喜多・黒田、備前や播磨の歴史について勉強中です。
タナキヨ本舗(創作戦国マンガ個人誌☆タナベキヨミ直販)
↑個人誌(同人誌)の通販ページを作成いたしました~♪

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

天気予報

-天気予報コム- -FC2-
カレンダー
06 | 2018/07 | 08
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
あんず雨