あんず雨

戦国時代マンガやミステリーのコミカライズを手がけております☆キリシタン武将・明石掃部様を敬愛しております♪♪

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福島第一原発収束作業日記 3・11からの700日間

2013/10/25 14:36 ジャンル: Category:原発と原爆と
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FBページからの流用更新ご無礼仕ります。

こんにちは。
昨日発売のハッピーさんのご本「福島第一原発収束作業日記 3・11からの700日間」、本日手元に届きました。

「はじめに」のお言葉から、もう、ハッピーさんらしさ炸裂の、温かな優しい雰囲気に満ち満ちていて、これほどに『怖くない原発関連本』が、他にありましょうか…と♪

未だハッピーさんのツイートをご覧になられたことのない多くの方々に、ぜひこの本をお手に取っていただきたく、タナベ、及ばずながら『なんちゃって営業部員』として、折に触れ、オススメをさせていただきたく思っております。

ハッピーさんのツイートのおかげさまにて…。

原発事故直後、自分はもう、何ヶ月も生きていられないのかもしれない…と、ただただ怯えていた私は、ハッピーさんの温かみ溢れるツイートに触れて、少しずつ『落ち着き』を取り戻して行ったのであります。

デマに近い、恐ろしげな情報がネットに氾濫していても「でも、ハッピーさんは、今もイチエフでコツコツと収束作業をしてくださっている…何か、本当に不穏なことになれば、きっと教えてくださる…」と思うことで、何度も冷静な気持ちを保つことができました。

(自分のことしか考えてない状態丸出しでお恥ずかしいのですが→)明石たんシリーズを地道に描き綴って来られたのも、ハッピーさんのツイートから頂戴した『平常心』と、『コツコツ続ける』ことの大切さに気付かせていただけたから…というのが大きいのです。

ハッピーさんの『コツコツ』は命がけです。

事故直後のような、真に「今、もう死ぬかもしれない」という状態からは、現在は脱しているのかも知れないですが、危険極まりない現場であることは変わりありません。

この2年半以上の日々、何とか『日常生活』を送ることができているのは、命がけで『地獄の業火』を押さえ込んでくださっている、ハッピーさんたちのような方々の『日々のコツコツ作業(命がけ)』のおかげであることを、本当に、もっと多くの方に知っていただきたいのです。

何気なく送っている日常が、なんと貴重なものであるのか、それがなんと愛しいものであるのか、改めてお判りいただけるのでは…と思います。

…いえ…。そんな大げさなオススメ文より…。
「ハッピーさんのつぶやき、読んでいてホンワカするので、ぜひどうぞ♪♪」というほうが良いですやも☆

語られている内容は、世にも恐ろしい原発事故の、発生直後から今日までの、想像を絶する状況ではあるのですが…。

それなのに、ほのぼの感に満ちてもいる、奇跡のようなツイート集です♪




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津波で消えた長浜

2012/09/21 08:43 ジャンル: Category:原発と原爆と
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最近、「完訳フロイス 日本史3 織田信長篇3」を読み返したのですが…。


震災後…と申しますか、若狭辺りの原発を巡る問題で、新聞などでも取り沙汰された『天正大地震の折、若狭にあった長浜という町が、津波で消えてしまった』という記述が、この巻の198ページにあったことを再認識いたしました。

天正大地震Wikiページ

新聞記事に接した折は、手元の本を読み返して確かめることはしていなかったのですが、何気なく、その記述に行き会ったこたび、『長浜』という地名が改めて気になりまして…。

サッと検索しただけでも、「フロイスは、近江の長浜(秀吉が築城した、琵琶湖沿いの長浜)と勘違いしたのでは…」という記述の幾つかと出会ったのですが、「完訳フロイス 日本史3」の中で、前後をもまとめて読み返してみますと、『地名の勘違い』は無いように思うのです。

フロイス「日本史」そのものが、史料としては「『宣教師フィルタ』がかかっている☆」やら「誤訳が多め??」といった問題があるようなのですが、『当時の空気感』と申しますか『当時の日常』の雰囲気は、偽り無く伝えられているように思われるのです。
(そういうところに作為を及ぼすことに、意味はない気がしますので)
(『獲得信者数』は水増ししてるかも知れないですが☆)

そして、日本滞在が既に長く、当時の権力者たちとも面識があったフロイスさん、たとえ地震の記述が『また聞き』によるものだったとしても、『近江の長浜』と『若狭の長浜』を間違えることはなかったのでは…と。

長い記述ではないので、そのくだり、ちょっと抜粋させていただきます。(平伏)

若狭の国には海に沿って、やはり長浜と称する別の大きい町があった。そこには多数の人々が出入りし、盛んに商売が行われていた。人々の大いなる恐怖と驚愕のうちにその地が数日間揺れ動いた後、海が荒れ立ち、高い山にも似た大波が、遠くから恐るべき唸りを発しながら猛烈な勢いで押し寄せてその町に襲いかかり、ほとんど痕跡を留めないまでに破壊してしまった。高潮が引き返す時には、大量の家屋と男女の人々を連れ去り、その地は塩水の泡だらけとなって、いっさいのものが海に呑みこまれてしまった。
(↑中公文庫『完訳フロイス 日本史3 織田信長篇3』198ページより抜粋)

『やはり長浜と称する別の大きい町』となっている辺りで、フロイスさん、『近江の長浜』と、きちんと区別、若狭にも『長浜』があったのだな…と、ごく自然に思える記述かと…。

『長浜』という地名からして、『九十九里浜』のような特殊な感じでない辺りから、「長い浜辺のある町だから、長浜」といった、これまた、ダブリ地名?でも変ではない雰囲気があります。

そして、天正大地震であったという、近江・長浜での地滑りとは、明確に違うのでは…と思えるところが、『その地は塩水の泡だらけとなって』の箇所です。

淡水湖の琵琶湖沿いでは『塩水の泡』は無いはずで、フロイスさんのは、明らかに『海沿いの町が津波に呑まれてしまった』という記述なのだと思います。

あくまで、素人の読み方ですし、原文ではどう記載されているか…で、ひょっとしたら、またニュアンスが変わってくるのやも知れませぬが…。

若狭辺りは、原発銀座…。

実際には難しいのやもしれませぬが、歴史学者、地震学者、地質学者の方々が協力なさって、一度『津波で消えてしまった若狭・長浜』が、本当にあったのか…という徹底検証をなさると良いのでは…と。
(原発問題のため…と申しますより、私の興味津々ゴコロのために…)(←正直☆)

消えてしまった町・伝承…という点では、民俗学も重要となって来るのでしょうか…。

既に、その辺りを詳しく検証されている方がおられるのでござりますれば、『津波で消えた長浜』について、ご発表いただきたい気持ちであります。

一瞬の微笑み交錯

2012/09/20 08:52 ジャンル: Category:原発と原爆と
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先ほどツイートしてしまった妄想(←『妄想』と書くこと自体、不謹慎と思いつつ…)告白なのですが…。

まずは、Twitterでは有名なお二人、事故原発の収束作業に奔走してくださっているサニーさんとハッピーさんのツイートを転載させていただきます☆(平伏)

‏@sunnysunnynismo そいや今日もハッピーさんとすれ違ったが今日は気付いてくれたぞ!お互いに静かな微笑み。

@Happy11311 :そう言えば今日JVでサニーさんと会ったでし…あの人なら色々考えるかも…。


9月20日の何時頃かの出来事だったようです。

Twitter上では、事故後ほどなく相互フォローされていたお二人なのですが、実際にお会いになられたのは最近になってから。(それも、かなり『偶然の出会い』のようです)

事故原発で命懸けで働いてくださってる方々は、皆様、ヒーローなのですが、何だかもう、このお二人は、私の中では、(ご無礼ながら)『「か、カッコイイ…♪」カテゴリ』所属で…。

そんなお二人が緊張高まる現場近くで、漢(おとこ)同士の微笑みを交わして、それぞれの任務に…。
(イカンと思いつつ、ウットリ目で、また想像…)

JV(Jヴィレッジ)は、作業員さん達の基地…と、申しますか、様々な面での拠点になっているところですので、例の装備(白いタイベックに全面マスク姿)ではなかったやも知れませぬが、何だか、全面マスク越しに微笑みを交わしておられたように想像してしまっており☆

ああ…いけないですね…。
実際に、この世で一番危険で過酷な現場で、命懸けの作業をしておられる方々をつかまえて「キャー!!カッコイイ♪♪」妄想なんかしてしまっては…。

でも…。以前にも書いた気がしますが、タイベックに全面マスクでの作業姿、美麗甲冑の戦国武将よりカッコイイ…と思うのです…。(なんか、比較対象がまつがってる気もしつつ)

本日も…。カッコイイ皆様の、ご安全を心よりお祈り申し上げる次第であります!!!

曾祖母の直感

2012/08/06 08:02 ジャンル: Category:原発と原爆と
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『広島の原爆で、私は生まれなかったかもしれない…』という件について、サラリ書いておこうと思います。
(これも、何度か思わせぶりに書きかけたままスルーしておりましたゆえ…)

母方の祖父母は、当時広島市内中心部に住んでいたのですが、本土が空襲にさらされるようになって、祖母は幼い母たちを連れ、県北・庄原の祖父実家に疎開しました。(祖父は出征)

大商家のお嬢育ちだった祖母は、庄原での田舎暮らしや冬のあまりの寒さ(室内に干した洗濯物が凍ったそうです☆)に耐え切れず、昭和20年の春先、子供たちを連れて広島市内へ帰ろうと密かに決意…。

そして、こっそりと荷造りを始めたそうなのですが…。

曾祖母(祖母にとっては姑)が、それに気づいたのです。

当時の曾祖母は、視力を完全に失っておりました。が、そのぶん、物凄く勘の鋭い人だったそうです。
祖母のこっそり帰り支度を手で触って確認もしたのかもしれません。

とにかく、祖母に、「つらいのはわかるが、今は帰るのをやめなさい」と厳命したそうです。

祖母、渋々聞き入れて、その夏も庄原に滞在したことで…。
市内中心部での被爆を免れる事ができた…という訳なのであります。

市内の家では、同じ棟に暮らしていた方が、即死で炭化していた(大叔母が確認)とのことで、そこに居たら、祖母も母も、同様の運命だったと思います。

と、申します訳で、曾祖母が直感発動で、祖母を止めてくれていなかったら、私はこの世に生まれてすら居なかったのです。

それを思いますと、もっともっと、きちんと生きなければいけないな…と。
(子孫を作ってない…という辺りからして、すみません!すみませんッ!!なのでありますが…)

ひいおばあちゃん、ありがとう…と涙目で思う毎夏であります。

午前8時ころ、電停で

2012/08/05 09:48 ジャンル: Category:原発と原爆と
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泡立った瓦(昨年日記からの転載)で、被爆した大叔母が『ある幸運』のおかげで、爆心地から少しでも離れることができた…というエピソードがあるのですが…と書いたまま、ずっと放置してしまっておりましたが、この機会に、書いておこうと思います。

原爆が広島上空で炸裂するほんの少し前、8月6日午前8時頃、朝の通勤風景…。

多くの人にとっての、最後の『日常のひととき』となった数分間の出来事です。

昭和20年8月6日、月曜日の朝。
当時、国鉄(現・JR西日本)に勤めていた大叔母は、8時頃、慌てて、路面電車の電停に走ったそうです。

けっこう責任ある地位にあった大叔母は、朝礼で挨拶(たぶん、『遅刻をするな!』という訓戒など☆)をしなければならないのに、家を出るのがギリギリになってしまったとのことで…。

住まいは、市内中心部。勤め先の国鉄官舎方面(現在の広島駅のもう少し北側)へは、電車に乗りさえすれば10分くらいなのですが、朝のラッシュ時、電停ではかなりの行列となっていたそうです。

路面電車はバスのようなものですので、何両も連結されている電車のように、一度に多くの人は乗れません。ラッシュ時には次の電車がすぐ来ますので、並んで待っていれば程なく乗れるのですが、絶対に遅刻したくない大叔母は…。

行列の前のほうに並んでいた男性に、正直に訳を話して、割り込みをさせてもらったのです。

広島の人は、おおらかで親切な人が多いので…。割り込みを快諾してくれたその方も、その後ろに並んでいたかたも、気持ちよく、大叔母に、すぐ来た電車に乗るよう促してくれたとのこと…。

そのお陰で大叔母は、爆心地から離れることができ、朝礼に向かうべく、国鉄の階段を駆け上がっている時に、ピカ(原爆の閃光)を片目に受ける程度の被爆で済んだのです…。


幼少時にその話を聞いた折も、その後、何かの拍子に思い出す時も、「おばちゃんを割り込ませてくれた人は、助かったのだろうか?」と、気になり続けました。

大叔母にとっても、たまたま電停で声を掛けた知らない人であったのでしょうし、その後の惨禍と混乱の戦後を考えても、その親切な方の消息を調べる術など無かったに相違なく…。

おそらく、その方は、大叔母が乗った同じ電車に、ご乗車にはなられたと思われます。

ただ、市内中心部からそれほど離れていない場所で下車なさっておられたり、被爆の瞬間は大叔母と同じように少し郊外においでだったとしても、その後の状況によっては、大変なことになってしまわれたりしたかも知れません…。

親切なその方には、どうかご無事であっていただきたい…と、強く思い続けて来たのでありますが…。
その方の後ろに並んでいて、大叔母の割り込みを容認してくださった方々も、皆様、同じくご親切だった訳で…。

そんな、親切で温かい心を持ったたくさん人々の上に、原爆は炸裂したのです。

大叔母を救ってくれた『よい話』ではあるのですが、深く考えるほどに、悲しくつらい気持ちになる話でもあるのです…。


(『よい話』系の読後感を狙おうと思いましたが、やっぱりダメでした…)

プロフィール

ナタ55

Author:ナタ55
敬愛する戦国武将は『明石掃部』様♪浦上・宇喜多・黒田、備前や播磨の歴史について勉強中です。
タナキヨ本舗(創作戦国マンガ個人誌☆タナベキヨミ直販)
↑個人誌(同人誌)の通販ページを作成いたしました~♪

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