あんず雨

戦国時代マンガやミステリーのコミカライズを手がけております☆キリシタン武将・明石掃部様を敬愛しております♪♪

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ヒスイの目(昨年日記からの転載)

2012/07/24 09:07 ジャンル: Category:原発と原爆と
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このFC2ブログは、歴史や拙作についての駄文ばかりにしておこうかどうしようか迷ったのですが…。

やはり、広島の原爆についてのあれこれからは逃れられない(逃れてはいけない)と思い、過去日記埋めで、楽天ブログからのそれら記事を転載しておこうと思います。

元記事はこちらです。(2011年06月28日の日記)


途中まで書きかけた駄文が、消えてしまい…。
これはやはり、書かないほうが良い…ということなのかと悩みつつ…。

これから書こうと思っておりますことは、何年も前から、ブログを始めた頃から、夏になるたび、記載を逡巡していたことです。

ある意味、よりによって『今』書かなくても…という類の内容であります。

けれども『今』書かないで、いつ書くのか…という思いもあり…。
また、ご覧くださる方々様から『どう思われるか』が怖いばかりに、怠惰に沈黙したまま…というのも卑怯なのでは…とも思うたり…。


話は、原爆や、原発事故のことに及びます。

皆々様を怖がらせようと思ったり、また、風評被害を煽る気持ちは決してありませんが、内容が内容ですので、『怖い』と思わせてしまうかもしれません。
書き手の私め自身が、『怖い』と思っているからです…。

ですから、そういったものを避けて通られたいかたは、以下、お読みにならないほうが宜しいかと思われます。
(こういうお断り書きも、卑怯のような…)

そう、今は、卑怯な己を恥じる程度には、冷静になっているつもりでありますが…。

3月、原発事故の深刻化が報道されるたびに、卑怯な私めは、遠くへ逃げることばかり考えておりました。

以前より拙ブログをご覧の方々様には、私め居住エリアが千葉県北西部とお気付きでござりましょうゆえ、怖がり過ぎ…とお思いかとも思われます。
避難エリアに入っていない、でも事故原発近郊にお住まいの方々様に、ご無礼千万…と私め自身も思います。

ある意味、その私めの卑怯っぷりの『言い訳』をしたいがための文にもなろうかと思い、書いてUpすることのほうが卑怯??とも考え、迷い続けてもおりました。

前置きが長くなりました…。

まずは…。私めの幼少期より話を始めたく存じます。
取りとめの無い、思い出話になってしまうかも知れませぬが、ご覧いただけますれば幸いに存じます。


お化け話や、幽霊話が好きな幼児だった私めは…。
その類の話をせがむ感覚で、「おばちゃん、『ゲンバク』の話、して~」と、大叔母(母方・祖父の姉)の家に入り浸っておりました。(無神経幼児)

大叔母のことは、『広島のおばちゃん』と呼んでおりました。
彼女の家が建築中だった頃の記憶もうっすらありますゆえ、私めが2歳か3歳の頃、広島から千葉に移り住んで来たのだと思われます。

隣近所に親族が寄り集まって住んでおり、皆、広島(市内や県北)出身者だったのではありますが…。私めの中では、彼女だけが『広島から引っ越してきた人』でありました。

広島は両親の故郷であり(私めも生まれたのは広島の病院です)、行ったり来たりはしていたのですが、『ゲンバク=原爆』のことを知るようになったのは、『広島のおばちゃん』からだったと思います。

広島のおばちゃんは、片方の目がヒスイのような色でした。

子供心に、きれいな色だ…と思ったのですが、おばちゃんは、「ゲンバクのピカを見てしまったから(この目は)悪くなった」と教えてくれました。
被爆者手帳というのを持って、頻繁に病院にも行っていました。

おばちゃんから聞く『ゲンバクの話』は、『ゲンバクの大やけどで、人間でない姿になってしまったニンゲン』が、大勢出てくる怖い話でした。

おばちゃんは、少し離れたところでヒバクしたので、片目はおかしくなってしまったけれど、やけどはしなかったので、職場の人たちと一緒に、燃えさかる街に救護活動に向かったそうです。

たくさんの話を聞きましたが、一番よく憶えているのが、大やけどをして血まみれになってしまった女学生さんに「助けてください、助けてください」と、すがりつかれた話です。
女学生さんのかすれた声音を再現する、大叔母の口調が、今も耳に残っております。

大やけどをした人の両腕から、皮膚が垂れ下がって、たくさんの人が、幽霊のように両手を前に突き出して歩いていた話も聞きました。

『まだ生きているのに、幽霊のように歩いているのか』と、不思議に思ったものですが、垂れ下がった皮膚が地面に擦れる激痛に耐え切れず、無意識にそのポーズになってしまっていたのだと、後年、知りました。

小学生になってからでしたか、広島の原爆資料館で展示を見た折、「ああ、おばちゃんから聞いた通りだ」と思いました。


…そんな風に『ゲンバクの話』は、ごく自然に、私めの身近にありました。

毎年の夏、8月6日が近づくと重苦しく悲しく、落ち着かない気持ちになり、それでも「ゲンバクは『過去』にあった事なのだ。あの惨禍を繰り返すほど、ニンゲンは愚かではないのだ」と、心のどこかで思っていました。

そして、「『広島のおばちゃん』は被爆してしまったけれど、悪いのは目だけだし、他の、うちの親類縁者は、幸いにして、原爆には遭わなかったのだ」と思い続けていました。

今思えば、詳しいことを知ろうとしなかっただけで、他にも、被爆した親族は居たのです…。
それは、父方の祖父でした…。

(以下、次号です)(平伏)

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Author:ナタ55
敬愛する戦国武将は『明石掃部』様♪浦上・宇喜多・黒田、備前や播磨の歴史について勉強中です。
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